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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)8953号 判決 1977年11月29日

原告 X

右訴訟代理人弁護士 山根晃

被告 Y

右訴訟代理人弁護士 上村正二

右同 石葉泰久

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、別紙物件目録記載(一)の建物(以下、本件建物という)を収去して、同目録記載(二)の土地(以下、本件土地という)を明渡し、かつ、昭和五〇年一月一日から右明渡ずみまで一か月二万二〇七八円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1項につき仮執行の宣言。

二  被告

主文1、2項と同旨。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因事実

1  本件土地の賃貸借契約

(一) 訴外Aは、訴外亡Bの存命中の年月日不詳のころ、同訴外人に対し、本件土地を賃貸した。

(二) その後訴外Bは、本件土地に本件建物を所有したが、昭和一八年七月二一日に死亡し、被告が、家督相続により、本件建物の所有権を取得し、かつ、本件土地の賃借人たる地位を承継した。

(三) 原告は、昭和二三年三月一二日、訴外Aから本件土地を譲受け、本件土地の賃貸人たる地位を承継した。

(四) 原告と被告は、本件土地に関する右賃貸借契約の内容について不分明な点があったため、昭和三八年一二月一六日、つぎのとおり契約内容を確認した。

(1)目的 普通建物所有の目的

(2)期間 昭和一八年七月二一日から昭和四八年七月二〇日までの三〇年間。

(3)賃料額 一か月一七四三円。

(4)賃料支払方法 毎月末日払い。

(5)特約 被告が賃料支払を一か月でも怠った場合は、原告は何らの催告をすることなく賃貸借契約を解除することができる。

(五) 原告と被告間の右賃貸借契約は、昭和四八年七月二〇日、法定更新されたが、右賃料は、昭和五〇年一月一日当時一か月二万二〇七八円に増額されていた。

2  賃料不払

被告は、昭和五〇年一月一日から同年五月末日までの五か月分の賃料の支払をしなかった。

3  契約解除の意思表示

原告は被告に対し、昭和五〇年六月五日到達の書面をもって、右賃料不払を理由として本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

4  占有、損害金

被告は、本件土地を占有しているところ、賃料相当損害金は一か月二万二〇七八円である。

5  よって原告は被告に対し、賃貸借契約の解除に基づき、本件建物を収去して本件土地を明渡すこと及び、昭和五〇年一月一日から同年六月五日まで一か月二万二〇七八円の割合の未払賃料と賃貸借契約解除後の同年同月六日から右明渡ずみまで一か月二万二〇七八円の割合の賃料相当損害金を支払うことを求める。

二  請求原因事実に対する答弁

1  請求原因1(一)ないし(三)の事実は認める。

2  同1(四)(1)、(2)及び(3)の事実は認める。同1(四)(4)及び(5)の事実は否認する、賃料は三か月ないし五か月後にまとめて支払うことを認めることに合意された。

3  同1(五)の事実中、法定更新されたことは認め、賃料額は否認する。

4  同2、3の事実は認める。

5  同4の事実中、被告が本件土地を占有していることは認め、その余は否認。

三  被告の抗弁事実

1  原、被告間の無催告解除の特約は、被告に不当な不利益を強いるものであって、信義則に反するから、無効である。

2  被告は、原、被告で本件土地の賃貸借契約の内容を確認した昭和三八年一二月当時から、訴外C(以下、訴外Cという)を被告の代理人として、数か月分の賃料をまとめて原告に持参し、原告はこれを異議なく受領していた。そして訴外Cは、昭和五〇年三月一〇日ころ、同年一月分ないし三月分の賃料を原告宅に持参したが、原告その他賃料を受領すべきものが不在であったため、その支払ができなかったにすぎない。また、原告は被告に対し、これまで、賃料の増額等のごとき賃貸借契約内容の重要事項を直接連絡してきたのであって、右賃料不払についてもその連絡があれば直ちにその支払が可能であった。さらに、本件土地を含む周辺地域については、昭和四七年一月五日、東京都市計画道路事業幹線街路放射第八号線として建設省から事業認可され、昭和四九年一二月一四日、右地域の土地収用手続開始の告示がなされていたから、近い将来、本件土地が道路用地として収用されることが確定しており、したがって、原、被告間の賃貸借契約は終了する運命にあったものであり、被告の不払賃料も本件土地買収金を配分する際に被告の受領分で清算できるので原告に不当な不利益はない。以上の事実は、被告の賃料不払をもって背信行為と認めるに足りない特段の事情というべきであるから、本件土地の賃貸借契約の解除権は発生せず、したがって原告の解除の意思表示は無効である。

3  かりに、被告の賃料不払が解除原因にあたり、原告が本件土地の賃貸借契約の解除権を有するとしても、以下の諸事情により原告が右解除権を行使することは権利の濫用であって許されない。すなわち、原告と訴外Cとの間では、本件土地の収用手続開始の告示がなされる以前から、本件土地の賃貸借契約をめぐる問題の話し合いがなされていたところ、原告は、右収用手続に基づく買収交付金の配分方法について具体的に協議する直前に、右交付金の配分割合を少しでも有利にするため、たまたま被告が賃料を支払わないことを奇貨として、賃貸借契約を解除したものであって、解除権の濫用であり、正当な権利行使とは認められないから、解除の効力は生じない。

四  抗弁事実に対する答弁

1  抗弁1の主張は争う。

2  同2、3の事実は否認し、その主張を争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1(一)ないし(三)及び同1(四)(1)ないし(3)の事実(本件土地賃貸借契約の目的、期間、賃料額及び右契約締結前の法律関係)は当事者間に争いがない。

二  原告は、原、被告間で昭和三八年一二月一六日に確認された本件土地の賃貸借契約(以下、本件契約という)につき、賃料支払方法は毎月末日払いであり、賃料の支払を一回でも怠った場合は原告が無催告で本件契約を解除しうることを約した旨主張し、被告は、これを争い、三か月ないし五か月分の賃料を後にまとめて支払う方法を認めることを合意した旨主張するので判断するに、《証拠省略》によれば、本件契約確認の際に取り交わされた土地賃貸借証書中には、賃借料の支払に関して「被告は毎月末日限り原告の住所又は原告の指定の場所において支払うこと、一か月と雖も滞納ある場合は賃貸借契約はこれにより当然に解除されるものとする」旨が記載されており、右証書は、不動産の仲介業を営む訴外Cが、被告に依頼されて予め用意した市販の要式のものに、原、被告の住所・氏名を記名したうえでそれぞれから押印を受けたものであることが認められ、これによれば、本件契約の賃料支払に関しては、原告の主張のとおり、毎月末日払いの定め及び無催告解除の特約がなされたものと認められるのであって、《証拠省略》によれば、被告は、本件契約成立後、しばしば、賃料を一か月ないし二か月遅れの分を含めてまとめて支払うことがあり、原告もその受領を拒絶することはなかったことが認められるが、これをもって原告が賃料支払日を毎月末日としないことに合意したものとすることはできず、他に前記認定を覆えすに足りる証拠はない。

三  被告は、原、被告間の無催告解除の特約が信義則に反する無効なものである旨主張するが、右特約条項は、賃料が約定の期日に支払われず、これがため契約を解除するに当たり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情が存する場合には、無催告で解除権を行使することが許される旨を定めた約定であると解するのが相当であるから、これによれば、賃借人の義務違反に関する右特約自体が、賃借人に不当な不利益を強いるものとはいいがたく、他にこれを信義則に反するとするに足りる事情はうかがえないので、被告の右主張は採用の限りではない。

四  請求原因1(五)の事実のうち、本件契約が原告主張のとおり法定更新されたことは当事者間に争いがなく、右賃料が昭和五〇年一月一日当時一か月二万二〇七八円に増額されていたことは、《証拠省略》によってこれを認めることができる。

五  請求原因2、3の事実(賃料不払、本件契約解除の意思表示)は当事者間に争いがない。

右事実によれば、被告は継続する五か月分の賃料の支払を怠ったものであるから、原告の本件契約解除の意思表示は、前叙の無催告解除の特約の趣旨に則ってなされたものというべきである。

六  そこで原告の右解除の意思表示の効力について検討するに、被告は、本件の賃料不払が背信行為と認めるに足りない特段の事情があるから、原告の解除権が発生しない旨主張するので判断する。

《証拠省略》によれば、つぎの事実を認めることができ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

原告と被告は、原告・Y間の本件土地の賃貸借契約に関し、昭和三八年ころ、被告が相続により承継した借主の地位に基づきそれまで義母に任かせていた賃料支払を自からが行なうようになった際、契約内容を確認するために、本件契約を締結することとした。そして、被告は、本件契約が締結されて以後、約定賃料を銀行振込みの方法で支払ってきたが、昭和四六年ころ、原告から賃料増額の要求がなされ、その折衝を訴外Cに委任したところ、当時、本件土地が東京都市計画道路の対象地として買収・収用されることが見込まれていたこともあって、同年四月からの賃料額を原告の求める額の一か月一万二四九二円にすることを承諾した。爾後被告は、右賃料の支払をCに委託したが、その際、Cに対し、被告の所有する本件外の他の賃貸建物につき借家人から家賃を取り立てて、そのなかから右賃料を支払うことを指示した。ところがCは、右賃料を、毎月末日に定期的に支払わず、一か月ないし二か月遅れてまとめて持参することがしばしばあり、被告もこれを事後にその都度了知していたが、これについて本訴までに直接原告から異議、苦情等を申し入れられなかったので、訴外Cに対して格別の措置をとらなかった。その間、原告は被告に対し、昭和四八年五月一三日付書面をもって、不動産の評価換を理由に、同年四月一日以降の賃料を一か月二万二〇七八円に値上げする旨を通知したところ、被告は、当時、本件契約の期間満了日が迫り、更新料の支払を前記買収、収用による交付金で清算する含みで更新料の授受を棚上げさせるために、右増額の請求を全面的に受け入れた。ところで本件土地を道路位置の対象の一部とする東京都市計画事業について、昭和四七年一月一四日、運輸省から認可の告示がなされ、早晩、土地の買収ないし収用がなされるであろうことは、付近住民に予測されていたところ、右予測に違わず、昭和四九年一二月一四日、土地収用手続開始の告示がなされた。したがって、本件土地については、近い将来、収用決定がなされ、その際、原告と被告に対し、地主と借地人の関係として一定の割合をもって、損失補償がなされるはずであった。しかるに訴外Cは、昭和五〇年一月分ないし同年三月分の賃料を同年三月一〇日ころ支払う予定であったが、その支払を失念したまま時日を経過し、同年六月に原告の解除の意思表示によって右不払の事態を知った被告に促がされて、右五か月分の賃料を持参したけれども、原告はその受領を拒否した。それで被告は、それ以後の賃料を毎月供託して現在に至った。

右認定事実によれば、被告は、本件契約を確認後、しばしば賃料の支払を一か月ないし二か月遅れの割合で延滞してきたが、原告から直接その遅延を咎められることもなく、これまで二度にわたる原告の賃料増額要求に対して全面的に応じてきたものであって、何らの反目もなく、本件の賃料不払分が五か月間の長期にわたるもので客観的には著しい義務違反といえるものの、右は賃料支払担当者の失念によるものであり、しかも、本件土地の収用開始の告示がなされた後のことであって、近い将来、本件土地が道路とされ、原告と被告が本件契約による地主、借家人の地位に基づき一定の割合をもって損失補償がなされる予定であったことが認められ、このような事実関係のもとにおいては、被告の賃料不払は、背信行為と認めるに足りない特段の事情があるものというべきである。

したがって、被告の賃料不払によって本件契約の解除権は発生しないものというべく、よって原告の本件契約解除の意思表示は無効といわざるをえないから、被告の抗弁2は理由がある。

七  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 遠藤賢治)

<以下省略>

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